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父の上京

父が上京した。

昨晩は彼女も呼んで3人で食事をした。

相変わらず彼は人の話を引き出すのが苦手だ。

自身のことは生き生きと話す。

それは良い面と悪い面があるように思う。

良い面だけ述べるならば、自分がやってきたことに対して誇りを持っていて、それが言葉になっているということだ。

それは羨ましいことである一方、偏りも感じる。

 

生きる上でのバランスとはなんなんだろう。

相手と自分とのやりとりのなかで生活が営まれているとするならば、その天秤のバランスをとるべきなのではないだろうか。

偏りを感じる相手に対しては自分がなんとかバランスをとろうとするのが普通だろう。

そのバランスが崩れた際に衝突が起こるからだ。

 

そんなことを考えていても結局目の前にいる偏向人間は自分の血縁者であり、切っても切れない間柄なのだ。

彼との生活において天秤をとるようにぼくの人格も形成されてきた。

それは偏りに対する憧れ、バランスをとるための抑制、複雑な人格に育ったと感じる。

 

この人が親でよかったと感じている。